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2009年11月 3日 (火)

アトリエ好日 田中岑画伯と画家 真鍋修

 「そろそろ柿が来るかな」と喋っておりましたら、玄関でチャイムの音がしました。 ああ、今年も柿を頂けたなあ、傘寿をこえて、あの斜面の畑で苦労して育てた味、心のこもった晩秋の味をさっそく噛みしめたのです。

 日曜日、柿を数個を手土産にして、同郷の後輩で画家である真鍋修君と同郷の大先輩である田中岑画伯のアトリエに遊びにいってきました。

 R0012403 真鍋修君は東京藝術大学大学院を出て、上野の森美術館大賞などはじめ、日本画公募展の賞を総なめにしている画家で、私の出た田舎の高校では、私の9年ほど後輩にあたります。

 田中岑画伯は真鍋修君のことは、先日お送りした同窓会報「燧
」(東京支部同窓会報:香川県 旧制三豊中学、女学校、新制観音寺第一高校)で私が書いたインタビュー記事でご存じでした。

 真鍋修君がフレスコ画が好きだと インタビュー記事にあるのを読んで、わざわざ書棚から貴重なフレスコ画の分厚い画集を何冊も探し出して、アトリエに用意して待っていたのは、田中岑画伯らしい心配りです。

 アトリエで会話は続きます。真鍋修君にとっては伝説上の画壇の話や、R0012418 東京藝術大学の教授陣のこと、あの校舎はどうなった等、そして何よりも真鍋修の絵への批評が面白い。

 「一番描きたいもんを、あえて描かないのはどうや」
 
 真鍋修の絵の多くは人物が出てくるのですが、描きたいという想いが強すぎる、描かないことで想いを絵に出したらどうや ということか と素人の私は聞いていて、そう思ったのです。

 「気軽に遊びに来てなぁ、フレスコ画画集の模写しに来なさいなぁ」と讃岐なまりで画伯が仰って、3時間ほどいたアトリエを後にしました。
 真鍋修君が「田中画伯!壁画やなんでも、ご一緒に仕事が出来ることがあれば、是非やらせてください」と挨拶しました。聞いていて私も嬉しかった。

 帰り道、登戸の居酒屋で一杯やりました。「田中岑画伯のことは、あんたの画業の中に刻み込めよ」などと偉そうに私が言って「また田中画伯のところに遊びに行きましょう」と真鍋君が応えて、杯が重ねられました。

 真鍋修君という画家なら、田中岑画伯の絵も人柄も吸収して、自分の絵の中に表現していくのではないか、なぜなら、ご両人とも、あの故郷の瀬戸内の風光を描く画家なのだから と焼酎お湯割り3杯で、私は酔ってしまったのです。

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田中岑画伯のアトリエにて 感性の対話」カテゴリの記事

コメント

はじめまして
わたしは小豆島の土庄町の教育委員会で生涯学習課長をやっております南堀英二と申します。
田中先生とは昭和48年からのおつきあいですから、もう40年近くなります。
8月に三豊市の横山市長と話をする機会があり、話題が香川県の絵描きさんのことになったので田中先生のことを言いますと、そんな絵描きさんは知らないとのことでした。横山市長は観音寺一高の卒業生だとお聞きしましたが・・・また香川県の県庁の芸術担当の課長をはじめとして課員も、だれも田中先生のことを知りません。さすがに元国会議員の真鍋賢治さんは知っていましたが、時代が変わったのかなあと思いました。
「小豆島テストパイロット物語」というブログをやっております。もし、よければのぞいて見てください。

投稿: 南堀英二 | 2011年12月17日 (土) 08時03分

コメントありがとうございます。南堀様のことは田中岑先生から伺っており、存じ上げておりました。故郷の方々の偉業を掘り起こして、世に出されておりますね。すばらしいことです。

投稿: ばたろう | 2011年12月17日 (土) 11時05分

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